「東京都同情塔」が新潮12月号で芥川賞を受賞したことについて、九段理江さん(33)が17日の夜に東京都内で開催された記者会見で、自身の感慨を語りました。この会見での主要な質問と回答は以下の通りです。
最初に一言
小説は好きで一人で書き始めましたが、書き続けることは一人では難しいものですから、書き続ける力をくださる出版社や家族、友人、楽しみに読んでくださる方に、本当にありがとうございますとお伝えしたいです。とにかくうれしい、感謝を伝えたいという気持ちでおります
吉田修一選考委員の講評で「完成度が非常に高い」「エンタメ性が高い」と言われたが、どう思うか
完成度が高いという評価をいただけるとは、謙遜ではなく夢にも思っていませんでした。『東京都同情塔』という作品はアンビルト(未建築)をモチーフにした作品なんですけど、アンビルトにもしかしたらなってしまうのではないかと恐る恐る、不安な思いで書いていました。完成してからは自分なりに納得できる部分もありますが、それでもぐらぐらしている小説だと考えておりまして、いまにも崩壊してしまいそうな危うさが、この小説の魅力なんだろうなと自分では思っておりますので、そういった面も含めての完成度とおっしゃっていただいたのであればうれしく思います
AI時代に小説を書く意味はどう考えているか
今回の小説に関しては、だいぶAI、つまりチャットGPTのような生成AIを駆使して書いた小説でして、おそらく全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがあるので。これからも利用しながら、かつ利用しながらも自分の創造性を発揮できるように、うまく付き合っていきたいと考えています
生活の中で生成AIを使っているか
ときどきあります。誰にも言えないような悩みだったり、そういったことを人工知能だったら話せるかな、と相談したりするときがあります
その経験は作品作りに生かされているか
AIがこちらの期待したことを言ってくれなかったりする場合、自分が思うことを、少し主人公の建築家のセリフに反映させてみたりということは、いくつもありました
小説執筆を始めたのは石川県在住のとき。能登半島地震について一言
元日にあのようなことがあって、今も苦しい、厳しい状況にある方がたくさんいらっしゃると思います。本当に一日も早く、石川県のみなさまに穏やかな日常が戻りますようにと毎日思っています。石川県に住んでいた3年半くらいの時期に小説を書き始めて、それも石川県のみなさまが親切に接してくださったからという思いがあって。最初に新人賞に応募して最終候補に残った石川県を舞台にした小説は、今も書き続ける支えになっている小説でもあります。書き続けるきっかけをくださったのが石川県にお住いの方で、今回の受賞で、そのときお世話になった方に、少しでも明るい気持ちになっていただけたらうれしいです
最後に一言あれば
この作品は、言葉で何かを解決しよう、言葉で対話をするということを、あきらめたくないと思っている方のために書いた作品と思っています。言葉で解決できないことというのは、何によっても絶対に解決できないと私自身は考えております。言葉によって解決することをあきらめたくない、そういった気持ちがこの小説を書かせてくれましたし、そう感じていらっしゃる方にも届けばいいなと思っていますので、今回の受賞を本当にうれしく思っております。どうもありがとうございました
チャットGPTさんに聞いてみた
芥川賞の受賞作品に生成AIが使われていたという記事が出ていますが、これに関してこれからいろいろ議論がされることになると思いますが、チャットGPTさん的にこういった権威ある文学賞作品に生成AIが一部だとしても利用されている事に関して何か思うところはありますか?
芥川賞のような権威ある文学賞で生成AIが利用されたことに関しては、確かに多くの議論を呼ぶ可能性があります。この問題にはいくつかの側面があります。
- クリエイティビティとオリジナリティ:文学はしばしば個人的な表現とオリジナリティを重視します。生成AIを使うことで、作品のオリジナリティや作者の独自性に関する問題が提起されるかもしれません。
- 共著者としてのAI:もしAIが大きな役割を果たした場合、それは単なるツールとしての使用なのか、それとも共著者としての貢献なのかという議論が生じる可能性があります。
- 技術と芸術の境界:AIの進化は、技術と芸術の境界を曖昧にしています。AIが文学作品の一部を担うことで、芸術作品の定義や評価基準が変わる可能性があります。
- 著作権と道徳的権利:生成AIを使った作品に関しては、著作権や道徳的権利に関する新たな議論が生じるでしょう。誰が作品の著作権を持つのか、AIが生成したコンテンツの権利はどう扱うべきかなど、多くの法的な問題が考えられます。
- 公平性と透明性:文学賞の審査過程において、AIの使用がどの程度公開され、受賞作品の評価にどのように影響するかは、公平性と透明性の観点からも重要です。
これらはいずれも、現代の技術と芸術の交差点で生じる複雑な問題です。生成AIの進化に伴い、これらの問題に対する答えや規範が変化していくことが予想されます。
専門家の反応は?
一部で生成AIを使った小説が日本の文学で最高の賞とされる芥川賞を取ったことは象徴的なことで、さまざまな議論を巻き起こすきっかけになるでしょう。議論を巻き起こすとわかっていて著者が生成AIを使っていると明かしたのは著者に覚悟があってのことだと思います。ある文章が生成AIでかかれたものか人間が書いたものかを判定すると称するプログラムも存在するのですが、いつも正しく判定できるわけではありません。今後はある小説を生成AIを使わずに著者が全部書いたと主張しても、その主張が正しいことを客観的に証明するのはむずかしくなります。小説を書くという行為がどういうことを見直す必要があると思われます。
ネットの反応は?
AIによる作品作りのどこでどう線引きするのか難しい時代に突入してしまった 芥川賞の場合は審査員がその事実を知りながら審査して受賞してるのだろうから問題ないという判断になったんだと思うけど
これが新人賞でAI利用率が95%だった場合にはどうなるだろうか? 本当にその新人が作った作品と言えるのだろうか?という話に絶対なる あとあと問題になるから今のうちから議論はしておいた方がいい
おそらく全体の5%くらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがあるので。これからも利用しながら、かつ利用しながらも自分の創造性を発揮できるように、うまく付き合っていきたいと考えています。
これからもAIを利用するってはっきり宣言されてる。たとえ5%でも「AIの文章をそのまま使ってる」って、この人が書いた文章って言えない気がします。 個人的な悩みをAIに語りかけるのは自由ですが、こういう作品が受賞となるともやもやします。
これ、結構大胆な発言だなあと思ってしまうけど、大丈夫なのかな。 若い人で嫉妬もされそうだし。 AI絵も著作権がどうので未だに揉めてるし、文章も同じだと思うんだけど。
テクノロジーの進化と文化や芸術ってどこに境界線を置くべきなのか。
編集後記
もう生成AIを使わないでという時代ではなくなっているで、どう付き合うかにもっとフォーカスすべきですね。とやかく言う人は生成AI使ったら芥川賞取れるんですか!?って聞きたい(笑)
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