休日の静かな午後、スマートフォンが通知を告げる。それは仕事関連の急ぎの連絡をする同僚からのメッセージだ。「急用だから仕方がない」と思いながら返信をすることに―。このような状況に直面したことがある人は少なくないでしょう。スマートフォンやメッセージングアプリが広く使われるようになった今日では、仕事のやりとりが非常に容易になりました。しかし、その便利さが増す一方で、「つながらない権利」への関心も高まっているのです。
仕事の通知が気になり休日も離れられず
神奈川県に住む40代の男性エンジニアは、週に1~2回、勤務時間外にも職場からの連絡があると話します。
男性エンジニア
通知が来ると気になってしまい、内容を確認してその場で返信をしている。緊急の時もあるが、正直『今でなくてもいいんじゃないか』と思う問い合わせも多い
社用端末がなく、私用のスマホにチャットアプリをインストールしているので、休日も電源を切れず常に受信状態なのがつらい
と不満を表しています。
約3年前に彼の勤め先がチャットアプリを導入して以来、彼は連絡手段が以前のメールや電話から変わったことを実感しています。
男性エンジニア
チャットはすぐに用件を送れるので便利だが、時間外でもかまわずに連絡してくる人が増えた
と、新しい連絡手段に対する複雑な感情を持っています。
勤務時間内に業務連絡を済ませるべきだというルールがあるものの、実際にはそれが徹底されていない状況です。
男性エンジニア
退勤後に短い返信をしたくらいで残業申請をするのは現実的ではないが、ちょっとした返信でも積もり積もれば多くの時間を割くことになる。プライベートを楽しんでいても、連絡が来ると気持ちが仕事に引き戻されるし、寝る前に重い内容の相談が来て眠れなくなったこともあった
と、その負担について語りました。
70%が「勤務時間外に仕事の連絡」経験があり
2023年9月に連合が行った「つながらない権利に関する調査」では、942人の回答者中、72.4%が勤務時間外でも部下、同僚、上司から業務連絡を受け取ることがあると答えました。緊急事態であれば時間外の連絡も受け入れる人がいる一方で、仕事とプライベートの境界をどのように引くべきかについての複雑な感情が見て取れます。
勤務時間外の業務連絡の頻度についての質問では、27.6%が「時間外に連絡を受けたことがない」と回答しましたが、42.4%が週に1日以上連絡があると述べました。「勤務時間外の業務連絡にストレスを感じる」と答えた人は全体の62.2%に上りました。時間外でも許容できる連絡の内容についての質問では、「即時対応が必要な事項」が48.5%で最も多い回答でした。
勤務時間外の連絡に関する職場のルールの有無について尋ねたところ、46.3%が「ルールがない」と回答し、「ルールがある」と答えた25.8%を大幅に上回りました。「仕事と休息の区別をはっきりさせるために、勤務時間外の連絡を制限すべきだと思うか」という質問には、66.7%が「制限すべきだと思う」と回答しています。
仕事との「心理的距離」が重要?
久保智英上席研究員
スマホやメールといった技術の発達によって、仕事とプライベートの境目がどんどんあいまいになっている
と労働安全衛生総合研究所の疲労と睡眠の専門家、久保智英上席研究員は言います。たとえ物理的には仕事から離れていても、精神的には仕事に縛られ続けており、これがストレスの解消や疲労の回復に繋がらないとする海外研究を引き合いに出し、
家でも仕事のことを考え過ぎてしまうと、深い睡眠が取れない。仕事との『心理的距離』を保つことが重要になってくる
と述べています。
2021年には、同研究所の池田大樹主任研究員が情報通信業界で勤める98人を対象に、勤務時間外の仕事関連連絡が睡眠前の疲労感や仕事との精神的距離に与える影響を調査しました。その結果、勤務時間外の連絡にどれだけ応じたかによって、特に出社勤務の場合は精神的距離が縮まり、仕事のことを考えがちになることが明らかになりました。出社勤務者は連絡に応じる時間が長くなるほど、疲労感や抑うつ感が増す傾向がありましたが、在宅勤務者にはそのような大きな変化は見られませんでした。
池田主任研究員は、
出社勤務では、帰宅後のプライベートな時間に切り替わってから連絡を受けるため、より負担を感じたと考えられる。在宅勤務ではそれほど悪影響がないように見えるが、家で仕事の連絡を受けることに慣れてしまって、実は疲労を自覚できていない可能性がある
と指摘します。調査では、どちらの勤務形態でも直接的に睡眠時間に影響があったわけではないものの、
時間外連絡が常態化すると睡眠の量や質が悪化する可能性もあり、軽視できない
と述べています。
仕事の代休中の電話対応を不要に
従業員のストレスを減らす目的で、休日に仕事から切り離す新しい制度を実施した企業が話題になっている。東京都江東区に本社を置く設備工事会社「オーテック」の中部支店では、2023年11月より、平日休暇中の従業員宛に来た顧客の電話を自動でオフィスに転送する制度をスタートさせた。この取り組みは、休暇中の社員が不在でも、他の社員が緊急の問題に対処できるよう、各現場ごとの手順書を作成し職場内で共有することにより支えられている。
この制度の背景には、働き方改革
を推進する過程で従業員から寄せられた意見があった。中部支店技術部の白石肇課長によると、
土日に出勤した場合は平日に代休を取るが、『お客様から電話がかかってきてしまう』『携帯が気になり休んだ気にならない』といった意見があった
とのこと。白石課長が携わる部門では、病院や工場の空調管理システムの保守を行っており、従業員は休暇中でも顧客からの連絡に対応する必要があった。
制度導入以降、従業員からは
誰かが対応してくれているという安心感があり、携帯を気にせずに休日の外出を楽しめるようになった
との肯定的なフィードバックが寄せられている。相沢敏宏支店長は
昔はお客様からの電話なら夜でも出るのが当然で、平日に代休を取ることも難しかったが、今はそういう時代ではない。年長の社員からは『電話には出ないとだめだ』という意見もあったが、そうした先入観を捨てて挑戦してみたら、実現することができた
と述べている。
「つながらない権利」は日本でも実現可能か?
労働者の健康とプライベートを守るため、勤務時間外に仕事の連絡を断ることができる「つながらない権利」が法律で定められている国が存在します。フランスでは、過去に裁判所が労働者の勤務時間外の連絡に応じる必要はないと判断していましたが、労働現場でこの問題が継続していることから、2016年には労働法にこの権利を正式に盛り込みました。しかし、日本での取り組みは困難なのでしょうか。
青山学院大学法学部の細川良教授によれば、日本でも2019年に施行された「働き方改革関連法」により、労働時間に上限が設けられ、従業員の休息時間の「量」の保護は進んだといいます。しかし、勤務時間外の連絡を含めた仕事の負担からの解放に関しては、現在の法制度では管理が難しい状況です。
次のステップは、いかに休息の『質』を確保するか。それを実現する手法として、日本でも『つながらない権利』が注目されるようになった
と細川教授は言います。
一方で、夜間や休日でも対応が求められる職業も存在するため、勤務時間外の連絡を一律に禁止することには限界があります。連合の調査によると、「勤務時間外の連絡にストレスを感じない」と答えた人も全体の37.8%いることから、仕事から完全に切り離されることを負担に感じるケースもあるようです。細川教授は、
つながらない権利の実現には、法律よりも企業のリーダーシップが期待される。まずは、どうやって社員の休みの質を高めるかという視点で考えてみてはどうか
例えば、いつの間か増えてしまった連絡業務を見直したり、緊急時以外は連絡できない休日と、連絡可能な休日を分けて職場で共有したりするのも選択肢だ
と述べています。
「つながらない権利」とはどういったものか日本に定着する可能性があるのか?チャットGPTさんとGeminiさんに聞いてみた
フランスの「つながらない権利」ってどういうものか分かりやすく教えてください。それと日本でも「つながらない権利」が導入される見込みがあると思いますか?
フランスの「つながらない権利」は、従業員が勤務時間外に仕事関連の電話やメールへの対応を拒否できる権利を指します。これは、労働者の私生活と休息時間を尊重し、デジタルデバイスを介した業務連絡がプライベートな時間に及ぼす影響を軽減するために2016年に導入されました。企業には、労働時間外に従業員に連絡を取らない方針を策定し、従業員が勤務時間外でも常に働くことを求められない環境を整える義務があります。
日本での「つながらない権利」の導入見込みについては、いくつかの側面が考慮される必要があります。日本では2019年に働き方改革関連法が施行され、時間外労働の上限規制など労働者の保護を強化する措置が導入されました。しかし、「つながらない権利」について明文化された法律はまだ存在しません。日本特有の働き方や企業文化、労働市場の状況を踏まえると、法制化には慎重な検討と多様なステークホルダーとの協議が必要になるでしょう。
労働者のメンタルヘルスやワークライフバランスへの関心が高まっている現在、日本でも「つながらない権利」への関心は増しています。一部の企業では、勤務時間外の連絡を制限するポリシーを自主的に導入する動きも見られます。ただし、全国的な法制化に向けては、さらなる社会的合意形成や法的枠組みの構築が求められる状況です。
フランスの「つながらない権利」とは?
簡単に言えば、仕事から離れる権利です。
具体的には、
- 勤務時間外は、仕事からのメールや電話に
- 対応する必要がない
- 対応しないことを理由に
- 懲戒処分を受けることはない
というものです。
なぜこんな権利が必要なのでしょうか?
現代社会では、スマートフォンやパソコンなどの普及により、私たちはいつでもどこでも仕事にアクセスできるようになっています。しかし、その結果、仕事とプライベートの境界線が曖昧になり、長時間労働や過労などの問題が発生しています。
フランスの「つながらない権利」は、こうした問題を解決するために導入されました。
この権利は、2017年に施行された労働法改正によって定められました。
対象となるのは、従業員50人以上の企業です。
企業は、この権利を社内規則に明記する必要があります。
また、従業員と労働組合の間で、この権利の具体的な運用方法について協議する必要があります。
「つながらない権利」は、従業員のワークライフバランスを改善するための重要な施策として期待されています。
日本でも導入される見込みは?
現状では、日本政府は「つながらない権利」の導入に消極的な姿勢を示しています。
その理由は、
- 中小企業への負担が大きい
- 日本の労働文化に合わない
などが挙げられています。
しかし、近年、日本でも長時間労働や過労の問題が深刻化しており、「つながらない権利」の導入を求める声も高まっています。
今後、日本でもこの権利が導入されるかどうかは、注目されます。
チャットGPTさんもGeminiさんも日本に「つながらない権利」が導入されるには、まだハードルがあるって感じですね。
専門家の反応は?
かつて、携帯電話やインターネットで社会が「効率化」すれば労働時間が減っていくという話があった。だが、それらの技術の進化がもたらしたものは、むしろ労働時間の際限ない増大だった。この記事にあるように、職場外にいる時に気軽に業務命令や、状況の共有が行われるようになった。まさに、私生活と仕事の垣根がテクノロジーによって取り払われてしまったのである。こうしたことは、世界的な過労死研究の第一人者であった故森岡孝二教授によって、過労死が深刻化していった2000年代から予見されていた。
今でもAIは労働時間を減らすといわれている。だが、本当にそうなるだろうか。例えば、無人店舗が増えていけば、小売業の総労働時間は減るかもしれないが、無人店でも不慮のトラブル対応をますます少数の社員が担わなければならず、過労死を引き起こすかもしれない。結局、テクノロジーが進化する一方で、古典的な「規制」が大事になっているのだ。
対策は一つではない。制度やルールを変えるだけでなく、リーダーが率先して組織風土を変える姿勢も大事だ。そのうえで物理的に「つながらない」ようにする仕組みの導入、設定変更も必要だろう。
ただ、価値観は多様化している。
全員一律強制的に「つながらない」状態にすることで、かえって不安になる人もいるはずだ。ビジネスには「タイミング」という重要な因子があることを忘れてはならない。
結局はどんな解決策を考えても、一人一人との継続的な「対話」なしでは解決しない。昔はよくても、今は「つらい」という人もいるだろうし、その逆も然りだ。
ネットの反応は?
僕も休日に社内システムの障害の対応をサービスで行っていましたが、頻度が高くなってきたため、休日勤務代を求めたところ、時給5000円もらえることになりました
営業の方は難しいけれど、技術職、事務職の人はきちんと要求したほうが良いかと思います
以前営業職をしてました。
お客様の都合上、土日に勤務することが多く平日に振休を取るのですが、平日は会社が動いてるため同僚やお客様から電話がかかってくることがありました。 また、夜間も緊急案件があればコールセンター経由で問い合わせが入ります。 結局10年勤めて退職したしたが、社用携帯を返却したあとの清々しい気分は生涯忘れられません。
休みの日に電話がかかってくると思うと、心から休めてないんですよね。今思うと、電話出なきゃとか、社用携帯無くしたら大変とか、色々なプレッシャーがしんどかったです。
ヨーロッパでは「つながらない権利」が制度化される傾向にありますね。週末やヴァカンス中のメールには、「ただいまお休み中です。︎日以降に対応します」の旨の自動返信メールが来ることが多い。
休み中に業務連絡対応しなくていいかどうかは職種やポストによって難易度が大きく変わるでしょうから、休み中の対応が見込まれるポストには手当をつける、それ以外は休み中の業務連絡に応答義務無しとするなどが考えられます。あと、同僚や顧客の側も休む権利をきちんと理解する必要がありますね。
編集後記
一律にはなかなか難しいですが、人によって大丈夫な人とそうでない人がいるのだから、大丈夫な人には報酬払って対応してもらい、ストレスに感じてしまう人は完全に休みにするなど柔軟にに対応できると良いですね。
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