学校教育におけるAIの取り扱いに関して、多様な実践が展開されています。一般的な傾向としては、AIの仕組みを説明しつつ、実際に体験する形式が多く見られますが、これとは異なる方法でAIを教育に組み込む試みも存在します。
このアプローチでは、子供たち自身が直接AIを操作することはありません。代わりに、AIを授業に取り入れることで、生徒たちに人間の思考とAIの違いを体感させるように設計されています。この方法は、2023年11月18日に東京学芸大学附属小金井小学校で開催された「ICT×インクルーシブ教育セミナーvol.6」で披露された授業と、AIに関するトークセッションで紹介されました。
フォームで意見集約後に生成AI「ChatGPT」が登場
このセミナーで紹介された授業の一例として、鈴木秀樹教諭が担当した4年生の国語の授業があります。この授業は「プラタナスの木」という単元で、8時間目のうちの6時間目に行われました。授業の主題は「マーちんたちは、またおじいさんに会えるだろうか」というもので、生徒たちはこのテーマについて意見を交換しました。
生徒たちはまず、デジタル教科書の「マイ黒板」機能を使用して、自分の考えに根拠を持たせながら個別に考えました。その後、グループで意見を共有しました。
次に、鈴木教諭が準備したフォームに、生徒全員が自分の考えを記入して送信し、意見が集約されました。回答は「おじいさんにまた会える」、「もう会えない」、「その他」という選択肢に分かれ、様々な具体的な意見が寄せられました。ここで鈴木教諭は、全ての意見を直接確認する代わりに、生成AIのChatGPTを使用しました。
まず、物語の背景情報をChatGPTに伝え、次に生徒の意見が記載されたスプレッドシートを用意しました。そして、「子供たちは『マーチンたちはおじいさんにまた会えるか』という問いについて深く考えたと言えますか。分析してください」というプロンプトをChatGPTに送信しました。
ChatGPTは、
物語の中での出来事を自分たちの感情や経験に結びつけ、物語の結末について想像力豊かな考えを持つことができています
と評価する回答を返しました。これに対し、生徒たちは喜びの声を上げました。
その後、鈴木教諭は、AIがこの問いにどう答えるかを生徒たちに予想させました。「では、あなたは『マーちんたちはおじいさんにまた会えるかどうか』ということについてどう考えますか」とプロンプトを作成し、実行する前に生徒たちの予測を促しました。
生成AIの返しを予測する子供たちの指摘は的確
一人の児童は、AIが「わたしはAIであり、個人的な感想を持つことができません。申し訳ございません」と回答すると予想し、クラスは笑いに包まれました。これは、鈴木教諭が以前から実施していたAIの振る舞いを体験させる授業の影響で、生徒たちにAIの文章が人間の思考と異なることが理解されていることを示しています。
別の児童は、AIが「おじいさんは普通の人間で、プラタナスの木が切られたことにより暑いから来なくなった」と回答すると予測しました。この予測の根拠として、「AIは人みたいな想像はできないから、文章に書いてあることからしか考えられないから」と説明しました。これは、AIの限界をより具体的に理解していることを示しています。
これらの発言を受けて、鈴木教諭は以前の授業で生徒たちが「おじいさん」に関して「精霊」や「幽霊」といったキーワードで様々な考えを巡らせたことを振り返りました。そして、「それってみんなが出してきた言葉だよね。本文の中で精霊とか幽霊とか一回も出てきていないよね」と指摘し、AIが人間と同じように思考するわけではないことを示唆しました。
授業のクライマックスとして、鈴木教諭は事前に準備した質問をChatGPTに投げかけ、その回答を生徒たちに提示しました。ChatGPTの回答を見ると、生徒たちがこれまでに展開してきた「おじいさん」の存在に関する疑問や想像力に富んだ考えは反映されていませんでした。特に、「精霊」や「幽霊」といった創造的な発想は見られなかったのです。
鈴木教諭がこの回答を読み上げた後、生徒たちにChatGPTの回答に対する納得感を尋ねました。生徒たちの反応は様々で、全く納得できないという意見から、部分的に納得する、大いに納得するという意見までありました。中には「遠回しに話していて結論を言っていない感じがして納得できません」と感じる生徒もいました。
鈴木教諭は、生徒たちの反応を踏まえ、
こうやってAIが出してくると、『いやそうじゃないんだよ』とか、『それじゃ不十分だよ』とかって思ったりもするわけでしょ。それは、みんながプラタナスの木をしっかり読んできた証拠かなと思うよね
と総括しました。そして、この経験を次回の授業に繋げることにしました。授業の終盤では、ChatGPTの回答に対する議論に多くの時間を割くことはできませんでしたが、AIの回答が生徒たちの思考を刺激するきっかけとなったことが伺えました。
究極の人工物をぶつけることで生まれる、人の思考への気づき
鈴木秀樹教諭が以前に行ったもう一つの授業について紹介します。この授業は国語科の「お礼の気持ちを伝える」という単元で、生徒たちが宿泊行事でお世話になった管理人に対してお礼状を書く活動でした。生徒たちがお礼状を書き進めた後、鈴木教諭はChatGPTを使って、小学4年生が書くようなお礼状を作成することを提案しました。
ChatGPTによって作成されたお礼状を見た生徒たちは、違和感を覚えました。その理由は、お礼状に宿泊行事で実際には起こらなかった出来事が記載されていたからです。生徒たちがその理由を問うと、クラスから「AIは宿泊行事を経験していないから」という洞察が生まれました。これを受けて、鈴木教諭は生成AIが大量のデータを基に回答を生成する仕組みについて説明しました。このタイミングでの説明は、生徒たちにとって理解しやすかったようです。
国語の授業で、宿泊行事の管理人へのお礼状を書く際、鈴木教諭は生徒たちに重要なポイントを提示しました。
お礼の気持ちを伝えるならそこじゃない? 君たちしか体験していない感動、君たちしか体験の中で抱かなかった感情。それを書くことが、お礼の気持ちを伝えることにつながるんじゃない?
と生徒たちに問いかけ、お礼状の内容を深める方向へ導いたのです。
このアプローチは、生成AIによる文章と生徒たちの思考を対比させることで、生徒たちの思考を刺激し、同時にAIの思考が人間とは異なることを実感させる目的がありました。鈴木教諭は1学期からこのような授業を繰り返し行い、生徒たちに生成AIに対する適切な理解と距離感を育ててきたのです。
また、鈴木教諭はこれまでの授業で、自らがプロンプトを入力しAIを操作していましたが、生徒たちに直接AIを使わせることはしていませんでした。これには、ChatGPTの年齢制限だけでなく、生徒たちにAIの本質を誤解なく伝えるための方法を模索していることも理由の一つかもしれません。
生成AIを4年生に教える限界
鈴木秀樹教諭とNHKの解説委員である木村祥子氏が行った「生成AI@インクルーシブ教育」と題したトークセッションについて紹介しています。木村氏は教育分野の専門家として、鈴木教諭のAIを活用した授業を取材した経験を持ち、その経験を基にセッションが実施されました。
木村氏は、自身の取材経験から、生成AIが教育現場に広く浸透しているわけではないと感じていると述べました。文部科学省が「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を発表したことで、これまでAIの使用を控えていた教員や生徒も使い始めるようになると予想していましたが、多くの教員や生徒は研修や授業で初めてAIに触れる状況だと指摘しました。
木村氏は、ICTの活用に積極的なつくば市の例を挙げ、小学5年生から中学生までが取り組む生成AIのカリキュラムについて説明しました。このカリキュラムは、「AIを知る」「長所・短所を整理する」「使い方を考える」「よりよく活用する」というステップで構成されており、文部科学省のガイドラインに基づいていると述べました。
一方で、鈴木教諭は、生成AIの仕組みや特徴を説明するアプローチが、年齢によっては非常に難しいと指摘しました。特に小学4年生の場合、統計的な概念がまだ十分に理解されていないため、「大量のデータから統計的に答えを導き出す」といった説明が理解されにくいと述べました。実際、鈴木教諭が担任したクラスでは、AIに関する専門家の話を聞いても、仕組みの説明になるとついていけない様子だったと語りました。
鈴木教諭は、子供たちの発達段階に合わせて、仕組みを体感できるような授業を行うことの重要性を強調しました。また、子供たちにとって本当に重要なのは、生成AIが間違いを出力することもあるという表面的な知識ではなく、その構造的な理解であると述べました。公開授業で見られた子供たちの反応は、この構造的な理解を持っていることを示していたと感じられたという。
最後に、鈴木教諭は、中学生など年齢が上がると前提条件が変わるとしながらも、生成AIと子供たちをどのように結びつけるかは難しい問題であると述べました。特に、生成AIに人格や感情を認めてしまうような反応が子供たちから出やすいため、その点には注意が必要だと指摘しました。
新しい技術の導入は、大人も迷いながら受け入れており、教育現場での適切な扱い方は簡単に答えが出るものではなく、試行錯誤しながら進む必要があるというのが現状です。
生成AIを不登校支援等に利用できる可能性を探る
木村氏は、不登校の子供たちがメタバース空間でオンライン授業を受ける際の取材経験を基に、生成AIの活用を提案しました。彼女は、子供たちの間でのテキストチャットを含むコミュニケーションがほとんどないことに注目し、「生成AIが討論に参加すれば、何か変化が起きるかもしれない」と考えました。
鈴木教諭はこの提案に賛同し、「チャットが苦手な子供たちも、他の子供たちの考えを知りたいが、自分から参加するのが怖いと感じることがある」と分析しました。彼は、ChatGPTを使って登場人物やテーマを設定し、会議を行うことで、子供たちが擬似的に同年代の子供たちとのコミュニケーションを練習できる可能性を示しました。
さらに、鈴木教諭は、同校の養護教諭である佐藤牧子教諭の事例を紹介しました。ある児童が母親との喧嘩の解決策に悩んでいた際、生成AIを使って提案されたアドバイスの中から一つを選び、実行することで問題を解決できたという話です。これを例に、「教室に行けない子供たちやコミュニケーションが苦手な子供たちにとって、生成AIは大きな可能性を持つツールになる」と述べました。
木村氏は、外国籍の子供たちの学習支援や、人口が少ない地域の学校、英作文の添削など、生成AIが役立つ可能性のある他の用途についても提案しました。これらの課題は、生成AIだけでなく、さまざまなデジタルツールやAI技術を活用することで緩和される可能性があると述べました。
教育現場において、デジタルツールの利便性を否定的に捉える意見もあるものの、子供たち一人一人のニーズを考慮すれば、デジタルの力で救われる子供たちがいることを見過ごしてはならないと結論づけています。教育の手段は多様であるべきであり、それが子供たち全員に平等な学びの機会を提供することにつながると強調しています。
チャットGPTさんに聞いてみた
これからの若い世代の方たちはチャットGPTさんのようなAIと否が応でもうまく付き合っていかないといけないと思います。ただ、生成AIが世に出てきて数年の中、大人たちもAIとの付き合い方を模索しているところです。そんななか自分たちの子供世代にAIとの上手な付き合い方はどうやって教えれば良いでしょうか?具体例などを交えて教えてください。
若い世代がAI、特に生成AIのような高度な技術と上手に付き合っていくためには、いくつかの重要なポイントがあります。大人たちもまだAIとの付き合い方を学んでいる段階ですが、子供たちに対しては以下のようなアプローチが有効です。
- AIの基本的な理解を深める: 子供たちにAIの基本的な仕組みや機能について教えることが重要です。これには、AIがどのようにして学習し、情報を処理するかの基本的な説明が含まれます。例えば、ChatGPTが大量のテキストデータから学習していること、そしてそれがどのようにして質問に答える能力につながっているかを説明することができます。
- 批判的思考を促す: AIの提供する情報や解答を鵜呑みにせず、批判的に考える能力を育てることが重要です。AIは完璧ではなく、間違いを犯すこともあります。子供たちには、AIの回答を検証し、必要に応じて追加の情報源を探すことを奨励します。
- 安全な使用を教える: オンラインの安全性について教えることも重要です。これには、個人情報の共有を避ける、信頼できる情報源を利用する、不適切なコンテンツに注意するといったことが含まれます。
- 実践を通じて学ぶ: 子供たちにAIを使った具体的なプロジェクトや活動に参加させることで、実践的な学習を促します。例えば、簡単なプログラミングプロジェクト、AIを使ったアート作品の作成、またはAIを活用した研究プロジェクトなどが考えられます。
- 倫理的な側面を考慮する: AIの使用における倫理的な側面についても議論することが重要です。これには、AIの判断がどのように人間の偏見に影響される可能性があるか、またAIの使用がプライバシーや雇用にどのような影響を与えるかなどが含まれます。
- 感情的な知能を育てる: AIは感情を持たないため、人間の感情的な側面を理解し、共感する能力を育てることも大切です。これには、コミュニケーションスキルや感情の表現、他者への共感などが含まれます。
これらのポイントを通じて、子供たちはAIとの健全な関係を築き、将来的にはAIを効果的に活用する能力を身につけることができるでしょう。
編集後記
小さな時からAIがある生活を過ごした今の子供達が大人になった時にAIとの上手な付き合い方が確立されそうですね。
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